境内案内

境内案内

境内をあるく

御影石のサッカーボール

御影石のサッカーボール

弓弦羽神社とサッカーのご縁の事
当社は1200年程前にこの地で熊野大神様をお祀りしたのが始まりです。八咫烏は、昔から熊野大神様のお使いとして知られておりますが、近年では日本サッカー協会のシンボルマークの方が有名になってしまいました。

サッカー協会の方は3本目の足でサッカーボールをつかんでいます。 当社の八咫烏は弓弦から放たれた矢に乗って一直線に目標を向かう「導きの八咫烏」です。ゴールに向かって一直線です。

御影の地は、日本サッカーの発祥の地と言っても過言ではありません。 阪神御影駅の北側、今のクラッセと西側の御影中学校の所に、御影師範学校がありました。師範学校とは学校の先生を養成する学校で、ここで日本初のサッカーチームができました。 その後、大正時代から始まった日本フットボール優勝大会で、御影師範は初回より連続7回を含み11回も優勝をなしとげております。

又、六甲アイランドに拠点を移した、INAC神戸レオネッサは、平成26年以降 毎年シーズン前に必勝祈願に参拝されております。

そして御影は御影石でも有名ですが・・・このサッカーとのご縁をもって御影石でサッカーボールを作りました。このボールにも矢に乗った八咫烏がいます。真中にステンレスの軸が入っていて横にグルグルと回り、まさにピッチの中で、全方向にチャンスを窺がうかのようです。

INAC神戸レオネッサ 必勝祈願

  • INAC神戸レオネッサ必勝祈願の模様01
  • INAC神戸レオネッサ必勝祈願の模様02
  • INAC神戸レオネッサ必勝祈願の模様03
  • INAC神戸レオネッサ必勝祈願の模様04
  • INAC神戸レオネッサ必勝祈願の模様05
  • INAC神戸レオネッサ必勝祈願の模様06
  • INAC神戸レオネッサ必勝祈願の模様07
  • INAC神戸レオネッサ必勝祈願の模様01
  • INAC神戸レオネッサ必勝祈願の模様02
  • INAC神戸レオネッサ必勝祈願の模様03
  • INAC神戸レオネッサ必勝祈願の模様04
  • INAC神戸レオネッサ必勝祈願の模様05
  • INAC神戸レオネッサ必勝祈願の模様06
  • INAC神戸レオネッサ必勝祈願の模様07

大江市松翁と
弓弦羽神社

大江市松翁は、明治4年(1871)5月2日御影濱弓場にて、米穀商の大江清兵衛の三男として生まれました。大江家は阪神御影駅が出来た当時は、駅から他人の土地を踏む事なく自宅に帰れるといわれ、御影の浜といわず大江の浜といわれた程の素封家で、同28年には一族の共同出資で御影貯金銀行を創業しました。

市松翁は、二宮尊徳を尊敬し、彼の報徳思想を実践する為、明治41年に「報徳組合共済会」を、同43年に「御蔭(おかげ)報徳会」を設立しました。(御蔭(おかげ)は御影(みかげ)になぞらえると共に「報徳」の心をあらわす)更に、同44年には、御影字掛田116番地(現:御影中町6丁目)に「報徳実業学校」(現在の報徳学園)を開校しました。

又、伊勢の神宮、橿原神宮等を篤く尊崇する敬神家でもあり、氏神である当社も数々のご寄進を受けております。 市松翁からのご寄進の主な物は次の二つです。

明治天皇御製碑

明治天皇御製の歌碑

昭和9年7月建立

明治天皇 御製
日の本の国の光のそひゆくも
神の御稜威によりてなりけり
伊勢大神宮 少宮司 菟田茂丸 謹書 
裏面:
皇紀二千五百九十四年 敬神参拝組合
昭和 甲戌七月    御蔭報徳会
御稜威(みいつ):神や天皇の強い御威光のこと。 「稜威(いつ)」の尊敬語。
遥拝所

遥拝所

大正15年3月竣工 神明造 一坪四合

遠く離れた所から神仏などをはるかにおがむことを遥拝(ようはい)といいます。 遙拝所とは神社境内などに特別に設けた遙拝の場所(建物等)です。一般的には (伊勢)神宮遙拝所・宮城(皇居)遙拝所と称し、祈願したい所に向って設けてあります。建物の奥の白布を通しそれを思い浮かべ、遙拝(祈願)をいたします。当社の場合は、神宮・皇居の他に、少し右(南)方向になりますが元宮である熊野三山をも遙拝しております。

報徳実践の人生を終生歩み「御影の尊徳先生」と慕われた翁は昭和18年2月1日生涯を閉じました。享年73歳。墓所は、御影北小学校の山側の御影霊園内にあります。

足跡の銘板

足跡の銘板

弓弦羽神社では、初宮詣をされた記念にお子様の健康・発展を祈念しまして、幼き時の「足跡の銘板」のご奉納を受け付けております。

奉納金: 三萬五千円
お申し込みいただいてから、約二週間お時間を頂戴します。
電話でお問い合せ: 078-851-2800

力 石

力 石

神社の境内に置かれたもので、力量をためし又は祈念するために奉納した物です。 江戸を中心に各地の神社で行われ、江戸時代末期から明治初期に流行しました。形の多くは卵形で差上げた者の“氏名”と“重量”が刻んであります。石に神霊の憑る思想が基礎となってそれを差上げることによって神の感応を知る一種の石占いが、その始まりであるとも言われています。

当社の力石の 刻銘
「 豊年石奉納 文久辛酉秋 御影世話人 平野喜助 谷田音吉  戸鬼熊門人新川七五郎 大阪荒物屋松本辰五郎 持之 」

樹齢370年 椋の木

樹齢370年 椋の木

神社の鳥居をくぐって程なく、神戸市天然記念物に指定された樹齢370年の神戸で一番大きな椋の木がございます。 近年では「努力がむくわれる」「想い・願いがむくわれる」と祈願の象徴として手を添えられる参拝者が多く見受けられます。

八咫烏

八咫烏

社務所の屋根の上には、神社のシンボル『八咫烏(やたがらす・やたのからす)』がいます。日本神話で、神武東征の際に、高皇産霊尊によって神武天皇の元に遣わされ、熊野國から大和國への道案内をしたとされる烏である。

狛 犬

狛 犬

大正14年まで拝殿にあった狛犬です。拝殿の焼失に伴い、片方は火が入り破損しましたが、残った方を移設しております。

百度石

百度石

願いを込めて、この石と拝殿を100回往復します。

犬の水飲み場

犬の水飲み場

愛犬専用の水飲み場です。家族の一員でもある愛犬と一緒に境内散策は如何でしょうか。